東京都にお住いのOさんからの投稿です。


12月8日に思う

日米開戦53年目の12月8日を迎え、これに関する議論が新聞紙上を賑わしている。最近の米国の「12月8日に半旗を掲げる」「原爆記念切手の発行」等などの動きは一体なんであるのか?(勿論、戦争終結に原爆投下が必要であったかどうかを見直そうとする動きも米国にはあり。非常に懐の広く、深い国であることは充分承知しているのだが)。冷戦下での共通の敵、旧ソ連を中心とした東側の思想及び政治経済の瓦解によって、底流としてあった日米対立が一挙に表面化したと考えるべきなのであろうか。

いずれにしても、今更「リメンバーパールハーバー」、「ノーモアヒロシマ」と応酬し合ってみても、徒に両国民の神経を逆撫でするだけであって、議論は果てしない。 日本人の一人としては、もう一度、対等な立場で「東京裁判」をやり直し、近現代史の洗い直しをして欲しいと言いたくなるではないか。

この問題に関しては、表面的なことだけではなく、その底流にある日米経済摩擦の現実的な問題に、一つ一つ両国民が冷静に対処していくことでしか解決の道はないものと考える。アジア経済市場に対する主導権争いということになれば、半世紀、一世紀前の構図と何ら変わらないのであって、今こそ、過去の反省の上に立った両国民の叡智に基づき、より高次元の日米関係を模索するべき時ではないだろうか。

この時にあたり、明治44年に「大逆事件」で刑死を余儀なくされた幸徳秋水の論考「日米関係の将来」の一部引用をもって結びとしたい。

彼は明治39年の日露戦争終結直後の段階で、既にその後の日米関係を看破している。果たして、この予測は、不幸にして35年後に的中することになるのである。

「わが日本が、今から十年、あるいは二十年、あるいは三十年、五十年ののち、さらに他の強国と戦争をはじめるようなことがあったら、その相手国となるものは、フランスではない。ドイツではない。オーストリアではない。むろん、イギリス、イタリアの二国でもなくて、かならずや現在、わが国ともっとも親善といわれているアメリカ合衆国そのものであろう。われわれとわれわれの子孫は、今からぜひともこの戦争の防止に努力しなければならない…太平洋上で接触している両大国の商工・貿易が、ともにますます発達し、隆盛をきわめたあげく、その利害は、おそかれ早かれ、いちどは衝突する運命をまぬがれまい…」(中央公論社「日本の名著44幸徳秋水」中、明治39年1月21日付「日米」紙の秋水の記事より抜粋)

平成6年12月14日


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