講演メモ

演題:「米・イラク戦争に見る国際情勢と日本」

講演者:七尾 清彦

(2003年5月20日、滋賀県水口町の甲賀郡経済クラブにて)

注:水口(みなくち)は、東海道の城下町、名物は、干瓢とドジョウ汁、(明治の童話家)巌谷小波のふるさとでもある。

1.近畿と国際問題

はじめに、近畿地方にとっての国際問題の重要性についてひとこと、触れておきたい。

近畿地方は、交通、通信などの大動脈が通過、経済、科学技術の一大集積地でもある 北朝鮮(NK)がもし本気でテポドン、ノドンなどのミサイルを使って日本攻撃を考えるなら、近畿の滋賀あたりは第一に狙う目標。神戸大震災のとき交通・通信などの動脈がとぎれ、日本列島は一時、麻痺したことを御想起願いたい。

近畿はまた、日本の実情に見合った改革のモデルを実地に検証し、成果を全国に提示していくために必要な伝統的かつ今日的な好条件を備えている。改革のモデル開発を成功させるためには、近畿を、頭脳・情報・技術の国際的一大集積地にしていくことが必要。「びわこ空港」建設が遠のいたのは残念。空港なくしては心臓移植手術もできない時代なのだから。

このように見れば、近畿の人たちが国際問題に関心を払うのは当然過ぎるほど当然。

2.米・イラク戦争で明らかになったこと

(1)米国が自国の死活的価値や利益のためならば、ためらわずわが道をいくという世界唯一の超大国になったこと(これは世界の歴史上、かってなかった大事態)。米が唯一の超大国であるうちに世界支配を完全なものにしておきたいとの願望が、いわゆるネオコンと呼ばれる新保守派には強い。

80年代のレーガン改革以降の世界の保守化傾向は、サッチャー、中曽根などを巻き込んだが、この流れは今も続いている。

ネオコンの出発点 ヴェトナム戦争での挫折体験(戦場ではなく、本国の茶の間から湧き上がった反対論との戦いに敗れたという苦い体験)
この反省から、ペンタゴンなどの米保守派は、米兵や一般人が無用に死なないクリーンな戦争をするための方策を、20年余にわたり模索してきた。
リベラル陣営側の大失敗 かっての高度成長の時代は終わり、世界は効率を競う時代へ、大規模福祉や、弱者・環境保護の行き過ぎへの疑問、官僚制の肥大化・腐敗・非効率化は、先進国共通の悩みとなっている。ソ連帝国の崩壊も、広義での一種のリベラル派による壮大な実験の失敗例といえる。
87年に米映画「トップガン(トム・クルーズ)」が大ヒットしたことは興味深い。これは若者世代が、麻薬とロックの“ウッドストック世代”から、自信回復の“トップガン世代”に移行したことを象徴的に示している。


(2)米AEI年次総会でのブッシュ演説(イラク攻撃の直前の2003年2月末)チャーチル演説の一節を引用:「国連は、正義の力を力の正義で守るために創立された(The UN was created to ensure the force of right be protected by the right of force)」力の結集ができない国連は、もはや本来の国連とは言えず、単なる便利屋に過ぎないとブッシュはいいたい

(注)AEI: American Enterprise Instituteの略。ワシントンDCにある研究所で、保守派頭脳の牙城。ブッシュ政権の登場に伴い、幹部クラスにに20人超入っている。副大統領Cheneyの夫人もAEIの幹部。

3.米が引き続き世界に君臨するための死活的条件 ――(1)ハイテク技術での優位の維持と(2)エネルギー資源の確保

(1)埋蔵量ベースで見ると米国内の埋蔵量は、いまや世界全体の2〜3%に過ぎない(米国内資源の開発は70年代にピークを迎えた。その後、環境保護派などの反対や国防上の考慮もあり国内生産は漸減傾向。

西欧も、米国同様、同じく2〜3%程度。世界のエネルギー資源は中東と旧ソ連に集中している。

(2)ソ連帝国の崩壊とエネルギー問題

旧ソ連では、もともとエネルギーの生産・消費面で大変な非効率が蔓延していた。当時の米国の7割増しあるいは日本の倍のエネルギーを、1単位のGDPを生みだすために要していたし、採掘技術も西側に大きく遅れをとっていた。

70年代にはエネルギー生産がじりじりと頭打ちとなり、80年代には投資を倍増しても生産は2割しか増えない事態に立ち至った。

その結果、衛星国であった旧東欧への安価なエネルギーの供給は70年代から漸減。そこへ1979年の第二次石油危機があり、高い中東原油のスポット買いで東欧の対外債務は急増。90年にはついにソ連自身が外貨獲得の必要から東欧への供給を一挙に36%減らし、その分を西欧に輸出。東欧の崩壊はソ連帝国の崩壊に直結した。冷戦終結の実態は、西側がソ連に勝ったのではなく、ソ連の自滅であった。

いやしくも世界帝国を経営しようとする者にとって、世界のエネルギー資源を抑えることがいかに大事かを、米国保守派は痛いほど判っている。ネオコンの多くはソ連専門家であり、ソ連の崩壊の原因を十分承知している。

4.台頭するユーラシア連合(?)と、米・英

(1)文化も含めた総合力で、米・英の世界支配に対抗しうる潜在力を有するのは、ヨーロッパ連合(EU)を中核とし、ロシア、さらには中国も加わりうる仮称「ユーラシア連合」である。1日に4回もアラーにお祈りをするアラブ世界ではない。EUとしても、天然ガスはロシアに、原油は中東に供給先を確保しないと、米英に匹敵する世界帝国の店を張ることはできない。ロシアはエネルギー輸出の見返りに西欧の技術・資本が入ってくることに魅力を感じている。また、市場主義・合理主義の米英よりも、政府の役割を認める独・仏に、帝政ロシア時代から親しみを持っている。中東も、多文化共存を認める欧州に対しては、米に対するほどの警戒心はない。

EU予算の2/3はドイツが負担しているのが実態であり、いわばEUの衣を着たゲルマンが仏と組んで、再び東方政策、世界政策に乗り出したともいえる。これはヒットラーがウクライナの原油を手に入れるために東部戦線を開いたとの故事を髣髴とさせる。

(2) 第一次大戦以来、連綿として維持されてきている米の国家戦略の基本は、ユーラシア大陸に米に挑戦しうる覇権勢力の台頭を許さないということにある。

最近、米は在独米軍基地を旧東欧、中央アジアのカザフスタンなどへ移転していくことを明らかにしたが興味深い。米英の海洋勢力とEU中心の大陸勢力の間で、露、中東といった魅力的な花嫁の奪い合いが始まったともいえる。

このように見てくれば、今回のイラク戦争の本質は、米英と中東アラブ世界との争いではなく、米英と仏・独・露・中との間での、世界の1極化か多極化かをめぐる争いであったといえないか?これまで海洋勢力と大陸勢力の対立は3回あった(第一次世界大戦,第二次世界大戦,冷戦)。もしこのような分析が正しいとすれば、米・イラク戦争を契機として4回目の因縁の対立が始まったということになる。

5.フセイン・イラクの反米姿勢やテロ(9・11事件)の発生はネオコンが前面に登場するための格好の起爆剤となったに過ぎない。イラク制圧は、父ブッシュの頃からの米国の狙いであった。

9・11テロのあと、ウォルフォビッツ国防次官(ネオコン)はそのほんの4日後に、イラク攻撃の好機到来と大統領に進言したとされる。

米とイラク

'83 ラムズフェルド(現国防長官)は、当時レーガンの特使としてイラクを訪問、イラクの対イラン攻撃を支援するためとして生物兵器用細菌のイラクによる輸入を許可、さらにイラン軍の展開状況に関する衛星情報の提供などを約束したと噂されている
'88 イラクはイランに勝ち中東随一の軍事大国に
'89 父ブッシュは、ペルシャ湾への脅威はソ連からイラクに移ったとの認識に転換
'91 「砂漠の嵐」作戦でイラクをクウェートから駆逐

イラクは、たまたま叩きやすい哀れな当て馬にされたに過ぎず、米英の本当の狙いはユーラシア連合の中東進出の抑止にあったといえる。

ネオコンにとっては、イラクの大量破壊兵器保有やビンラディンなどのテロ勢力とのリンクの証拠が出てくればよし、出てこなくても構わないということであろう。

フセインの反米路線や、9・11テロはネオコンにとっては、米国民をイラク戦争支持に向かわせる天佑の好材料であった。

6.以上の脈絡で、北朝鮮(以下NK)や中国をどう見るべきか?

(1)米は当面のところは、NKにイラクほどの戦略的重要性をおいていない(NKには中東のようなエネルギー資源はなく、中露が直接絡むこともあり、下手に手をだせば米国はやけどしかねない)。

NKにおいて運搬可能な小型の核爆弾や弾道ミサイルの実戦配備が現実のものとなれば、米のアジア・太平洋戦略の要である日本、韓国があやうくなるので黙っていまいが、それまでは外交と、船舶臨検などの警察行動程度にとどめたいと米は思っているはずである。もともと自由と民主主義の守護者と自任している米が、金正日のもとでの人権無視・専制的体制の存続保障を核開発の放棄と取引することに応じるとは考えにくい。

イラク戦での米の圧倒的勝利はNKに対し明らかにインパクトがあった。イラク北部制圧直後の4月14日、NKは「米朝直接対話の形式にはこだわらない」と柔軟とも取れる態度を表明、「金正日の命令は絶対」との4・17の北の放送は人民に対するものというより、軍内部の強硬派に対するものと解される。対米妥協を考える金正日の方針転換は、NK軍内部の分裂をすでに招いている可能性がある。軍内部の対立が深まれば金王朝の基盤をおかしくしかねない。米・中・朝第一回協議の直前、北鮮軍部トップの金明禄が直々に北京に行き中国側トップと接触したことは興味深い。

(2)中国はどうか。ソ連帝国の崩壊を目の当たりにして、これを反面教師にしているのが、旧ソ連の東西に位置する中国とポーランド。ソ連の失敗は繰り返すまいとして民営化路線を突き進んでいる。

しかし重厚長大の国営企業の民営化は簡単ではない。商売に長けた現実主義の広東勢が現在、政権の中枢にいるが、かれらが、風土・民情も異なる華北・東北の重工業社会の民営化に成功するかどうか。

他方、途上国では一般的に、テレビ・洗濯機・自家用車が各家庭に行き渡る段階になると、国民は政治的自由を求め始める。この段階で軍は国民に銃を向けることを拒否するようになる。中国はオリンピックをひかえ、この段階に入りつつある。

一党独裁から多党民主制への移行という政治的課題と、地域的発展格差への不満などに今後、中国はどう対処していくのか、これは簡単なことではない。前途には極端な場合、中国分裂の危険もあることを日本は計算に入れておく必要がある

中国をできるだけ海洋勢力に引き付けておきたいというのが米の本音(そのための対中カードとして、ハイテク優位、対中エネルギー供給源の米による支配の確保、日本の経済・政治の安定維持などを、米としては高く中国に売りつけたい)

7.ハイテク優位維持のための米の努力

(1)イラク戦争:衛星により戦場をネットワーク化することに成功したが、その弱点は衛星を攻撃されること。

今後、EU,露、中国など潜在的軍事競合国は、このための軍事技術開発にしのぎを削ることになる(注:中国は最近、有人宇宙飛行に成功した。また、EUが進めている独自GPSシステム開発に、最近、中国が参加することとなった。中国がどちらの方向に顔を向けているかを見る上で興味深い)

米は、自らの衛星を攻撃してくる敵性ロケットやキラー衛星を迎撃する技術開発に必死(ABM条約脱退、ゼネラルダイナミックス・ロッキードマーチン・レイセオンなどの米企業がシステム開発に取り組んでいる)

今後の軍事技術、民生技術の一つの鍵は半導体などの超小型化。この関連ではナノテクが戦略的に重要との一種のフィーバーが米で進行中。2015年にはナノテクは1兆ドル産業になるとも言われている(ニューズウィーク)。

半導体の超小型化、強靭なナノテクチューブの炭素繊維(被弾しても貫通しない軍服ができる)、角砂糖サイズのコンピュータ、血管内にも入っていける超小型ロボット、分子をより分ける透析膜(環境対策に使える)などが真剣に議論されている。

ブッシュJr.は就任早々、「国立ナノテク研究所」を発足させた(8億ドルの予算要求に対し議会は23億ドルもの増額査定をした)。昨今のシリコンヴァレーの不調で、ヴェンチャー企業は政府系研究資金への依存を強めている。

(2)米の国防予算に占めるR&D予算は年率8〜10%増と他の費目をしのぎ、シェアも17%でさらに上昇中。金額は671億ドル(7.8兆円)で、日本の防衛予算総額(5兆円弱)よりも大きい。

8.日本の選択

公開情報のみでの分析に過ぎないが、ブッシュの「悪の枢軸」発言のあった昨年1月の時点で米国は、NKが核開発路線に復帰したのではないかとの疑念を抱くに足る材料を把握していたと見られる。パキスタンによる核開発面でのNKへの協力の情報などをつかんでいたのである。昨年8月、10月のケリー国務次官補の訪朝はこれを確認するためのものであった。

日本外務省と小泉は北の核開発再開を知らぬまま、米には隠したままで水面下の国交正常化工作を続け、北の核開発復帰がはっきりしてしまったにもかかわらず、この段階ではすでに訪朝を公表していたこともあり、強行してしまったと推察される。平壌に来れば拉致情報を教えるとの北の播いた餌に、国交もない段階で一国の総理が軽々しくも食いつき乗り込むという大失敗を犯してしまった。

平壌での合意文書は旬日を経ずして信憑性を失い、NKはIAEA脱退まで進んでしまうのである。加えて拉致被害者の問題まで抱え込んでしまった。平壌に嘘をつかれにわざわざ出向いて行ったに等しい。総理の人気度は外交で高いとされるが、このような評価をする日本国民の資質にも問題がある。メディアも、拉致被害者の箸の上げ下げや、NK批判に明け暮れており、小泉外交の過ちを叩こうとしていない。

9.結び

いかなる王朝も300年はもたなかったと言われる。(唐は289年、江戸幕府は265年、400年続いたあのローマですら250年目ころには、ゲルマンに北伊地方を侵攻され衰退の道へ向かった)。建国227年になる米国は、この伝でいくと、あと数十年は栄華を極めるということになる。

この脈絡では面白い歴史話がある。イラクの故事である。かのメソポタミア王朝はその繁栄の基礎を、高度に発達した農業灌漑技術においていた。ティグリス、ユーフラテスの水を利用するため、灌漑網を構築して小麦の高い生産性を誇った。考古学者の調査では、この小麦生産がある時ピタリと止まり,大麦・ライ麦に切り替えられていったということである。なぜか。学者たちの推測では、永年の灌漑により農地に蓄積された岩塩や重金属が小麦生産を、そして最終的には農業そのものを不可能にし、塩害で王朝は滅んだという。そういえばイラクは今日でも食糧の純輸入国である。

農業国アメリカでも、この塩害は問題視されはじめている。私が読んだのは「Cadillac Desert」という本だったが、その危険を指摘している。米の農業生産は中西部やカリフォルニアで盛んだが、シエラネヴァダ山脈やロッキー山脈の雪解け水を灌漑用の水路で流し、流水の勢いが落ちると小高いところにポンプで引き上げ再び流すというやり方で、広大な農地をあまねく潤している。揚水ポンプや耕作機械のための動力源は、南部カリフォルニア産の石油である。

もともとスペイン人がカリフォルニアを発見したとき、そこは砂漠であった。今では、シエラネバダの水が南流し、南カリフォルニアの原油が北送されることにより、加州の農業が成り立っている。重金属を含む地下水が中西部や加州では汲み上げられ農業に使われている。

サンフランシスコのちょっと南に、ハイテク成金などの豪邸が建ち並ぶパロアルトという町がある。そこに住む友人にある日、食事に招待されたが、庭は百花繚乱のりっぱな花壇であった。すばらしいと褒めたのだがそのマダムが嘆いて言うには、バラなどいくつかの品種はいくら水や肥料を与えても育たないという。専門家に調べてもらったら、塩分や重金属を含む地下水を汲み上げて使っているからだと言われたとのこと。

こんにち日本の台所は、このアメリカに食糧の1/3を依存するに至っている。1971年の米国大豆輸出禁止を思い出していただきたい。危機に際しては誰もが自国優先で、輸入国日本のことなど構っておれないのである。

日本としては、米英の海洋勢力に付きながらも、生き延びるために必要な最低限の食糧とエネルギーは自前で確保するとの算段を平時から講じておかないと危ない目にあわないとも限らないのである。水口名物の干瓢とドジョウ汁、近江牛、江州米は大事にしましょうと申し上げて講演を終えます。

ご清聴,多謝。


Note 1:2002年9月のIISS(英国王立国際問題研究所)報告は、イラクに大量破壊兵器(MDA)の製造能力ありと公表。2週間後、英政府報告書は「イラクは生物・化学兵器を保有していると考えられる。また、ウランをアフリカから入手しようとしている」と記述。(その後、IAEAは、英報告書の根拠となった文書は偽造されたものと判明とブリックスが公言)。

Note 2:UNMOVICの植木報道官は、多くのintelligenceには不正確なものが多かったと述べる。

以上


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