未完の市民革命

2005.7  七尾 記

日本の常識では戦後民主主義が定着したので個の確立すなわち市民革命も終わっているはずだとみなさん考えておられるのだと思います。

民主主義は基本的には手続き論ですから、愚民で構成される国でも形だけの民主主義は行われるわけですよね。ソクラテス言うところの衆愚政治に堕落してしまうということがありうる次第です。

したがって私は民主主義も大事だがそれよりもより大事なのは、その社会が独立自尊で社会的責任感もある個人、すなわち「市民」で構成されているかどうかだと思っています。権力に媚びれば美味い汁がすすれたり、組織や社会の大勢に異をとなえることが憚られる風潮のもとでは、道路公団の談合などが密やかに行われ、人々はそれに目をつむるという構図です。

西欧の歴史では市民主義はフランス革命や米国の独立戦争のような形で王権に抵抗する「市民」の誕生があったとされます。しかしこの市民社会も19世紀末には、実は富裕ブルジョワ市民の利益を確保するという形で外へは帝国主義、内では社会的弱者を抑圧する弊害におちいり、社会主義や共産主義という鬼っ子を生み出したようです。

明治後半から大正期にかけての日本の知識層の煩悶は、このような18世紀と19世紀の出来事が同時に進行するという複雑な明治特有の歴史的局面の故だったようにおもいます。その後の世界恐慌や戦争で、戦前の日本では個の確立が未完のままに終わったとおもうのです。

欧米社会ではふたつの世界大戦の戦間期に、米国でのニューディールや英国の福祉社会主義など、いわば反省と修正が行なわれ、社会的弱者への配慮も取り込んだ市民主義の再構築に入ったのだとおもいます。この間、日本では天皇制のもと思想の統制と大陸進出に明け暮れたわけですから、英米の動きから取り残されてしまったのでしょう。

戦後、占領下で米国式民主主義が日本に移植されますが、根っこにあるべき個の確立、市民主義の自覚的形成が頓挫していたため、看板は民主主義、実態は組織中心主義(会社人間など)の奇妙な取り合わせのまま戦後走ってきたように思えるのです。単に資本の側だけではなく労働の側も資本と癒着して高度成長の果実を既得権として今に至るまで楽しんできたのではないでしょうか。大阪市の職員組合の使用者側との馴れ合いは高度成長期の過程で形成されたようです。

日本に戦後、手法としての民主主義が導入されたとき、市民主義も導入され、それが根付いているのだというのが大多数の日本人の考え方でしょう。市民主義が確立しないまま日本的社会主義、組織中心主義、でバブル崩壊まで走り続けたのだとする小生のような論者は余り見かけませんね。このような視点に立てば、日本は市民革命のプロセスをまだ完結させるに至っていないのだということになり、いろんなものごとがよく見えてくるように思います。

小泉首相が大統領的首相を演じ郵政改革に突き走るとき、これに異を唱える自民党議員に党議拘束を掛けようとするのは全く奇妙な矛盾だとおもいます。個々の議員は大筋において党の綱領に賛同していても個々の法案には態度が区々にわかれて当然なのだとおもいます。このあたりに日本の民主主義、市民主義がまだまだ未熟なことが端的に現れているような気がします。地方議会はもっとひどいですね。

このような小生の分析が許されるなら、戦後常識とされた日本システムや価値観に疑問の目が向けられている今こそ、真の市民の誕生、すなわち市民革命の好機だという主張につながっていくと愚考しているしだいです。

(了)

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