日本の宿命、安倍新総理誕生

2006.10.6
八幡 武史(東京在住)

長州(山口)のお国柄について話そう。私はまる三年、山口勤務を体験した。私は根っからの東京人、江戸に攻め入り徳川幕府を崩壊させた、という恨みが長州に対してあった。もちろん半ば冗談だが。明治維新の原動力となったのが「薩長土肥」というが、なかんずく長州が力をもったのはなぜか。過去、総理大臣を何人も出し、今、安倍晋三である。

長州人かたぎ

長州というと明治維新である。なかんずく吉田松陰(吉田寅次郎)。地元では松陰先生と呼ぶ。彼を一口で言えば革命家である。がっちりと固められた徳川幕府体制、国際的には完全鎖国、自給自足で300年やってきた。国家の体制は当初いかに完璧を目指しても、必ずガタがくる。『歴史認識』の一だ。松蔭は腐りきった徳川体制を侍だけでなく、百姓、町人など「草莽」の民を挙げて旧体制を打ち壊そうと説いた。

この思想を引き継ぎ、実践したのが高杉晋作、桂小五郎、大村益次郎、伊藤博文、井上馨ら明治の元勲ら。当時の状況、歴史背景については触れないが、とにかく明治政府が形をなしてくると、首都を東京(江戸)として、明治天皇も江戸城を皇居として京都からやってきて、以来、天皇制下の現国家体制となっている。

話を元に戻すと、地方蔑視ではないが、長州人はかなり強い中央志向があったようだ。この根っこをつくったのは明治維新で天下を取った長州人で、およそ1500人もの家の子郎党を連れてきて、多くが官僚となり政府の中枢になった。井上馨らは今日の産業、富国強兵策を実現。特に陸軍は長州閥が多く、山県有朋を頂点に乃木希典、児玉源太郎、寺内正毅ら。日清、日露の戦争で日本が勝って以来、太平洋戦争まで重責を担った。

それはともかく長州人の中央志向は強く、「故郷に錦を飾る」という観念はあまりなく、いったん中央で一旗挙げれば、生まれ故郷に帰ってくることに執着はなかったようだ。長州萩は多くの人材を出したにもかかわらず、戻ってくる連中は少なく、東京に行きっぱなし。今でも維新時代そのままの彼らの屋敷が残っている。しかし、中央で名を挙げれば『偉人』であり、昔、保守の天敵である共産党の野坂参造、宮本顕治らは故郷に帰れば郷土の偉人でイデオロギーに関係なく、与野党こぞって大歓迎したという。

系譜の継続

うがった見方をすると、安倍晋三総理も周囲が、ただ日本国総理大臣という肩書きを持つ『偉人』たる人物を山口(長州、周防)から出したかったのではないか。なにしろ伊藤博文以来、戦後も岸信介、佐藤栄作と続き、かくあらん安倍晋太郎で途切れたのである。晋三の母、晋太郎の妻というより岸信介の長女としての安倍洋子夫人の願望は、この系譜の継続であることは間違いない。洋子夫人やかっての光栄ある長州人たちにとって、安倍新総理がどんな理念を持とうが、なにをしようがどうでもいい、とにかく一国の天下人になればいい、といったら言い過ぎか。見るところ安倍晋三氏は最近まで総理になるという野望は持ち合わせていなかったのではないか、というのが筆者の持論である。「美しい日本」などいうキャッチフレーズは具体的になにを言いたいのか分からない。

歴史認識が問われているけれど、『安倍一族』の歴史はいかがなものか。岸信介と共にA級戦犯の松岡洋右は、佐藤家ゆかりの人物。佐藤栄作元総理夫人の父親で1933年の国際連盟脱退、40年の日独伊三国同盟、日ソ不可侵条約締結などの立役者。日本が国際的に孤立した時に国際社会から抜け出た時の張本人。ここで松岡の功績について云々する気持はないが、今の北朝鮮をみると、経済制裁や外交で当時の日本のように追い詰められると、金正日の朝鮮はどうなるか。日本はABCDラインで囲まれ、追い詰められ、真珠湾攻撃という暴挙に出た。北朝鮮は核実験声明を出した。やんちゃな子供のように、駄々をこねて、大人(世界)の注目をひくだけのアピールだけならいいが。

拉致問題についていうと、戦前・戦中の日本が、強制連行(拉致)で何十万人も朝鮮半島から連れてきて強制労働や日本の戦争に駆りだしたことを持ち出されたらどうするのか。当時の日本は中国大陸での戦費調達に阿片を使った。このことは最近、ようやく分かってきた。北朝鮮がニセドル、覚せい剤を扱っていることが公になっている。どうも戦中の日本を真似しているような気がしてならない。もちろんこうした北朝鮮のやり口を認めるわけではないが。


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