オランダの元気な町

2000.1.24 七尾記

日本の友人から「オランダのティルブルク(Tilburg)という町は、ヨーロッパでは「Tilburg Model」として広く知られ、自治体の改革の成功例として注目を集めていますよ」と教えられ、さっそく調べてみました。Eメールで同市に連絡をいれてみましたら、さすがすぐに返事が返ってきました。担当者は日本語でいえば市の渉外部次長といった方ですが、何とそのタイトルは「お客様担当(Customer Relation)」となっているのです。市役所の職員が企業の経営感覚で動いているということです。

1 古くて新しい町

古く中世にはブラバント地方の王国の主要都市として、近代では毛織物など繊維産業中心の工業都市として栄えた伝統ある町で、同市にあるカソリック大学、とりわけその法学部と経済学部はヨーロッパでも高い水準を誇っています。ロッテルダムやアントワープの港町に近いという地の利を誇っての繁栄でした。

しかしこの町も、繊維産業の衰退やばらまき行政の硬直化から、1980年代のはじめには財政危機を招きました。84〜87年は、財政赤字で苦しんだのです。84年頃から始められた市政の大改革で88年以降は連続して市の予算は黒字になっています。

2 企業や市民はお客様

市の改革の基本理念は、「企業や市民はお客様である」のと企業経営的な考え方です。1982年以来、同市にヨーロッパ全域のための生産拠点を進出させた日本の富士写真フィルムの担当者は、企業にフレンドリーな市政と産業活動を重視するコミュニティのメンタリティーのふたつを同社の進出と成功の理由に挙げています。同社の外にも、エリクソンフィリップスなどのヨーロッパの名だたる大企業が拠点を置いています。もともと繊維工業で生きてきた町ですから中小企業も大事にする姿勢です。(ハコモノ文化でホールをまず建てて、さて中で何を上演しようかと考える日本の文化振興とは180度異なり、ジャズやポップスのフェスティバルがまず愛好家の間で徐々に育ち、これをベースに観光客を集める市の夏の音楽祭の事業に結果として発展していったということも、われわれ日本人にはたいへん参考になります。)

本論に戻って、ティルブルクでは「近代的産業都市(Modern Industrial City)」として生き延びるのだという戦略目標が改革の出発点として市議会などの政治レベルで明確に確認されました。そこから先は、工夫と応用であったようです。

3 市の行政のどこを企業化するか

行政分野によっては、企業経営の手法になじみやすいところとそうでないところがあり、同市はそれを3つに整理しました。

  1. 最も企業化になじみやすいところとして、例えばパスポートの発給などの窓口業務、税、福祉サービスなどをあげています。ここでは受益者をお客様、顧客として扱うのです。顧客が払う代価に見合った最大のサービスが提供されているかどうかが眼目となります。
  2. やや企業経営になじみにくい分野として、住環境問題などを挙げています。このような分野では政治家や政治グループが活動し、ともすれば市政は麻痺しがちです。市民が直接責任を負い決定権を持つようにすることでこの分野の改革に成功したようです。市政の権限をを徹底的に市民に委ね市民の声が良く通るようにし、予算編成も町内予算(neiborhood budget)として町内会に任せたのです。ただし、下水システムなど市全体で管理運営するべきところは委任しませんでした。
  3. 市の行政や市議会に留保した分野としては、市の経済開発事業、教育政策、将来の発展戦略などをあげています。

4 組織の再編

このような行政分野の3分類にあわせ、市の組織を3つの新しい局に再編成しました。上記の3つの分野にそれぞれ対応する公的行政局、近隣行政局、市政局です。(この3つに入らないものとして、スポーツ施設関係、印刷事業、建物建築管理、文書関係、部内エンジニア関係、法務部門などは従前通りとしたようです。また消防、ごみ集めも例外としました。)

この結果、公的行政局を中心に市の行政の3分の1(職員ベース)が、市場原理の圧力を受けるようになったとしています。そして三年間での市場化をおし進めたのです。本来、市の行政サービスには消費税もかからず、利潤を上げることも期待されていないのですから、改革は企業におけるよりも楽なはずで、改革が遅れている部門がもしあれば重点的に注意を払えば必ず実現できるとしています。

5 改革の道具立て

  1. 予算の組み立てを、1990年にこれまでのインプットコントロールからアウトプットコントロールに移行したとしています。例えば、パスポートの窓口での発給数を予算編成の際に生産目標として設定するということなのでしょう。そのためにかかる人員、経費は職員の能率によって動く変数となるのです。

    予算といえば普通は一定量の商品やサービスを産み出すのに、これこれのコストがかかるということから、産物の生産量かける単価で所要額を書き込むのが普通ですよね。能率が悪いなどの理由で予算書に書かれた生産量が達成されなくてもそれなりの理由が立てばやむをえなかったとして処理されるし、しばしば産物やサービスを産み出すことよりも、むしろ計上された予算を使いきることが大事なのだというのが通例だと思います。年度末になって予算が余りそうになれば、とにかく無理矢理使ってしまうという悪い面があります。インプットされた予算を使い切ってしまわないと次の年度の予算が減らされるからです。

    ティルブルク市のやり方は、これと180度、異なる発想なのです。アウトプットとしての財やサービスを質を落とさずにどれだけ低いコストで産み出したかが注目されるのです。計上された予算で必要な財やサービスを産み出しつつ、どれだけ節約するかが大事になります。これは大事なポイントです。

  2. 市議会の政治レベルでは、連立各党の間で向こう4年間の行政や改革についての基本合意をまず確定しました。
  3. 市の日々の行政を直接動かす理事会では、毎春、修正や調整を加えた年次報告を市議会に提出することにしました。このもととなるのは、上記の各局が年に3回提出する管理報告です。この管理報告は、改革や行政がうまく行かない場合の早期警報の役も果たすようです。
  4. 4年毎に、外部のコンサルタントに頼んで、行政監察報告を出してもらうことにしたとしています。これは、失敗を処罰するというよりも、問題の発生を予防的に察知するのが目的ということです。
  5. 年2回、同じく外部のコンサルタントに頼み、行政サービスを受ける顧客たる市民や企業の満足度をマーケットリサーチの手法で把握することも始めました。

6 改革の今後

これまで市会議員などの政治家は、予算の隅々まで目を光らせ、細部にわたり権限を維持行使しようとし、市の行政側もおなじ落とし穴にはまり込み、結果として市政が一般の市民には理解できないほどに複雑かつ不透明になってしまったと反省しています。

改革の根本は権限の分散であり、市議会から市役所へ、市長から局長へ、市役所から市民へと、信頼と勇気に基づいて権限委託が進まないとだめだとしています。このためには政治家と行政の間で新しい力のバランスを勇敢に求めることが大事なのです。政治家や行政官はなかなか手中の権限を手放そうとせず、このジレンマを如何に突破するかが改革の鍵だとしています。それには市民力、住民力とリーダーの役割がどうやら決め手のようです。このあたりをティルブルク市はどのようにの乗り越えていったのかをさらに調べて追加リポートをお届けしたいと考えています。


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