以下は、学生時代からの長年の友人であるO. S.さん(横浜市)が、拙著「ひとりひとりのルネッサンス」を読んで書き送ってくれた手紙からの抜粋です。会社の第一線からは退く年代には達したものの、引き続き心あるニッポン・ビジネスマンとして、後進の育成や日本の将来についての脈々とした心意気を感じさせるものがあり、ご本人の了承を得てここに掲載させていただく次第です。
(1999.9.3) 七尾
拝啓 御著「ひとりひとりのルネッサンス」を拝読しました。読み進むうちに貴兄の日本に対する強い愛情と、他国、ここでは多く米国について語ってくれていますが、また、日本を語るときの偏りのない公平な姿勢に強く感銘を受けました。これはとりもなおさず貴兄の外交官としての姿勢と同じものなのでしょう。(中略)
御著のあちらこちらで貴兄の慧眼にふれ、目からウロコの驚きがありました。小生、アジアでもとくに北朝鮮、中国と日本の関係に関心が強いのですが、最近の椿事、テポドン(ロケット)への対応のしかたや中国国民の対日感情などについてはたいへん勉強になりました。今日もニュースで日本軍の南京大虐殺をテーマにした映画が中国で制作されることが報道されていますが、つくづく中国への対応はむずかしいと感じます。また、欧米諸国の本音の対日感情、アジア諸国の日本に対する戦争責任の糾弾とそれへの対応のあり方にも多くを学びました。第一線の外交官だった貴兄ならではの鋭く説得力のある発言です。
巻頭に日本社会の硬直化の原因を分析して、均質的同族社会と権威臣従をあげていますが、同感です。日本では「ヤクザ」の世界のようなところがいたるところに見られます。最も「個」が尊重されるべき芸術の分野でも、日本では親分子分関係とか流派・派閥などが温存されています。伝統芸術のような世界ではある程度は必要でしょうが。そういう関係に我慢のならない芸術家は派閥を飛び出してしまいますが、独立した人の多くが直面するのは市場からのボイコット、つまり干乾しであり、底意地の悪い抹殺行為です。ましてや政治家、官僚、サラリーマンにおいておや。
均質的同族社会と権威臣従がもたらす最も大きな弊害は、結果としては社会・組織の硬直化ですが、運用面の弊害は私物化といいう利権にまみれた、または愚鈍な少数支配です。日本人には「個」の意識が希薄であると同時に、「公」の意識も希薄であると感じています。株式会社は通常、私企業といわれますが、社会からひろく資本を集めて運用する上場企業のような組織が「私」であるはずがなく、小生は経営にあたっては「公」の意識が欠かせないと思っています。(法律上では「私」でしょうが)しかし、一般的にはこの「私」意識がはびこっていて私物化がすすみ、組織の運用が腐敗しています。政官の世界でも同じことがいえるでしょう。貴兄が御著の中で何度か触れている「アカウンタビリティ(accountability)」の必要性もここから生じてきます。役得、利権、少数支配は日本の伝統的なお家芸です。しかもこうした組織の日本的風土・文化を指摘し異論をはさもうとすれば組織から去る以外に道はないのが一般的なパターンになっています。
日本経営クラブ(JMC)というビジネスマンの交流会の幹事を、小生、もう10数年やっています。この会、昭和38年に発足していますが、当初は高度成長の真っ只中ということで若手の勉強会としてスタートしました。小生は先輩のすすめで途中から入会しています。この会のここ10年来のテーマは会員一人一人の活性化をめざす「自主自立」としています。いいかえれば会社人間からの脱皮。最近ではゆとり・ゆたかさをもとめて感性をみがく活動をしていて、「ビジネスマンよ、芸術とくに絵画やクラシック音楽にもっと親しもう」というキャンペーンを打ち出しています。具体的には年に何回か催す講演会にかならずミニ・コンサートをつけたり、芸術だけを独立させたプログラムとしては年に1回サントリーホールで若手の音楽家に演奏する機会を与える「若い音楽家を励ます会」を開いたり、銀座の画廊で画家の講演とクラシック・コンサートを併催したりしています。かつて若者であったメンバーも老齢化してきましたので生涯学習の観点から、ビジネスから文化へと方向を転換しているのですが、一方若手のビジネスマンがなかなか入会してこないのが悩みの種になっています。
そこで、今後は若手のビジネスマンや学生を対象に「自主自立」をテーマとした講演会を計画して若い人達を刺激しようかと、幹事仲間で本気で話し合っています。同世代の仲間同士、励まし会うことは大事ですが、これからはこれまでの経験を生かして、目先を後進の育成にも向けていく必要があるとつよく感じています。貴兄も「はばたけ、若きビジネスマン」、「ボランティアが原点」、「仕事と余暇」、「女性の世紀」の章で日本社会活性化論を展開していますが、女性もメンバーになっているJMCの幹事の立場からも全く同感で、小生達の会の方向は間違っていないんだと励まされました。(以下略)
平成11年1月14日
敬白