イラク問題の本質を見つめよう

2004. 4. 11
七尾 清彦 記

1.憲法違反という現実

戦地に投入され命の危険をおかしている自衛隊隊員に、背後から弾を撃つようなことは決してしてはならない。と同時に、小泉政権により非戦闘地域とされた現地が、誰の目から見ても明らかなように戦闘地域化してきている以上、部隊駐屯を継続して「憲法違反」の状態を続けることは許されない。小泉政権は、現地部隊のクウェートへの退避を直ちに決意・実行し、部隊の安全を確認した段階で引責辞任するべきである。

日本全体はここ数日来、3人の人質問題で大揺れに揺れている。危険をも顧みずイラクの子供たちの救済のため挺身している活動家の釈放を願う気持ちは、純粋なものだ。武装勢力も人の子、彼らにとって最悪のタイプの日本人を人質にしたことに早晩、気付くであろう。幸い、宗教指導者の説得を受け入れ釈放することを決めたとのニュースが飛び込んできている。

今、われわれ日本人一人一人はなにをなすべきだろうか。人質問題の陰に隠れて見えにくくなっている憲法違反問題を直視するべきだと私は思う。われわれの感情をゆさぶるドラマティックな人質事件や駐屯地への攻撃は、今後も続発しかねないが、そうしたことに目をくらまされてイラク問題の本質を見失うようなことがあってはならないと思う。

2.テロだとの思い込みの危険

米英は、9.11の同時多発テロ事件以来、アフガンやイラクでの武装勢力の動きをテロリストのなせる業だと決め付けるやり方に固執している。日本政府もメディアもそれを受け入れている。果たしてそうだろうか。テロだと最初から決め付けてしまえば、テロは悪いことであり犯罪者の仕業だとのイメージの中へ国民や世界の世論を取り込みやすくなり、悪いのは武装勢力だという結論に直結してしまう。

フランス革命でも、王政側の人たちから見れば市民の抵抗は不埒の輩のしわざだと、当時、言われたに違いない。歴史は多くの場合、力と正統性のせめぎあいの中でダイナミックに動いていく。絶対的力とか、絶対的正統性などはこの世にはありえないと思う。そうでなければ歴史は硬直したままで、変化していかないであろう。現実を直視した科学的分析と健全な批判精神が必要である。

ヴェトナム戦争でヴェトナムの人たちを立ち上がらせたのは、歴代の中国王朝の侵略と戦ってきた民族の誇りと民族主義であった。共産主義というイデオロギーは道具に過ぎなかったのである。

今イラクで起こっていることについて、このような数々の歴史の教訓に思いをいたせば、米英式に、イラクの武装勢力をテロリストだと不用意に規定することは余りにも単純すぎるやり方である。と共に、そうした視点に異様なまでに固執している米英の為政者のやり方を見ると、かれらは一定の政策意図をそこに込めているのではないかと疑ってかかってみることも必要だと思う。為政者にとって好都合な視点を鵜呑みに受け入れていると現実を見誤り、やがては大きな歴史的過ちを犯す恐れがあることは、わが国も先の大戦で経験済みである。

国際的テロリストが、イラクの混乱にまぎれ込んでいるのは疑いないにせよ、かなりの数の土着の武装集団がイラク全土にわたり続々と生まれつつあって、占領一年を経過したにもかかわらず、彼らはその勢いをむしろ増大させてきているということもどうやら間違いなさそうである。そうだとすれば、これら武装集団を、散発的で民衆から遊離した狂信的テロ集団とのみ片付けることには無理があると思うのである。民衆の心情的共感と物的人的支援が相当広範囲にわたって背後にあるとみるのが自然である。

3.10年戦争?

植民地時代から長年積み上げられた反英不信の意識、今回のイラク戦争開始に見られたアメリカ一国主義、侵攻の理由とされた大量破壊兵器が発見されないこと、現地の事情を踏まえず教科書的に民主主義を拙速に植えつけようとする米国式占領統治の稚拙さなどなど、数え上げたら切りが無い。フセインの強圧政治が去り、イラクの人たちが自分たちの足で立ち上がろうとする時、対英米不信感と外国軍の占領への反発が共通項となって、各地、各部族、バラバラの武装勢力の活動が燎原の火のごとく広がりつつあるように見える。

このような見方が正しいとすれば、イラク情勢は今後10年にも及ぶかも知れない泥沼の混乱状態の入り口にあるのかもしれない。イスラエルとパレスチナの紛争をより巨大化した「もう一つの中東戦争」が、唯一の超大国である米国を直接巻き込んだ形で中東の東側に生まれつつあるのかも知れない。その意味合いは深刻である。折角、回復の曙光を見出した日本経済もお先真っ暗ということになる。経済が駄目になれば、日本改革の大事業もガソリン切れとなるのである。

4.現地部隊の退避と小泉政権の引責

小泉政権は、昨年7月のイラク復興人道支援法により、イラクを戦闘地域と非戦闘地域に分けることが可能だとの姑息な方便により、自衛隊の派遣に踏み切った。私はその当時から、イラク占領と講和はいまだ完成されておらず現に抵抗活動が収まっていない段階で、自衛隊を派遣することは法的には憲法違反を構成するとともにイラクの事態の解決に貢献しないと指摘してきた。遺憾ながら、その後の事態の推移はますますその色を濃くしつつある。百歩譲って、非戦闘地域に派遣したのだから違憲ではないとの日本政府の主張を受け入れたとしても、現にサマワ周辺では、自衛隊部隊の駐屯地至近距離や市の中心部へのロケット弾攻撃が発生するに到っており、南部のバスラからの主要幹線道路沿いの都市も武装勢力の支配下におちいりつつある。この幹線は500人の部隊を退避させるための生命戦なのである。

小泉政権は直ちに部隊をクウエートまで退避させることを決断すべきである。決断が出来ないのであれば、野党は政権党の中の議員を誘い出し不信任を決議するべきである。生命線たるバスラ街道で、戦闘しながら撤退するといった最悪の事態を招かないためにも、決断は迅速を要する。退避が完了したのを見届けて、政権は幕を引くべきである。戦後のわが国安全保障政策の歴史の中で、類を見ない大失策を犯してしまったのだから当然といえば当然である。何の政治的野心も無い宮崎の高校生が、5300余人の派遣反対の署名を集めて母親と共に上京したにもかかわらず、対応を一事務官任せにしたという配慮の無さには天命が下るべきだと思う。

5.動け、日本外交

もし、イラクで今起きていることが、先に述べたような実態を持ったものだとすれば、米英に付いて行く事は問題の解決につながらないということになる。ポスト小泉政権は、腹うち割って米英に対しわが国の意のあるところを直裁明快に説明し、彼らの政策路線の修正を促すべきである。このような働きかけがあって初めて、日米安全保障条約は魂の入ったものになる。また、独・仏・露などを含む緊急G8政治サミットの開催を提案することも有効であろう。大統領選を控えたブッシュ政権の政策修正は容易ではなかろうが、一国の政治上の理由で全世界が、これ以上、振り回されることはなんとしてでも防がなければならない。

このような大胆な外交活動が出来るのは主要国の中では、わが国と中国しかないように思える。独・露・仏はイラク戦開戦にあたり、米国と余りにも対立を鮮明にしてしまった。中国は政治的にはともかく、経済的にはまだ新参者である。イラクや中東の経済復興による政治的安定を図ることが基本戦略だとすれば、ここで動けるのはわが国を措いてほかにないように思える。今回の事態を奇禍として、子孫にも胸を張って引き継いでいける正しい日米関係と世界の安定構築のためにわれわれは行動をおこすべき時ではないか。


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