1999.11.20 七尾記
米国のコロラドスプリングスでの逗留生活も1年近くとなりましたが本稿では、これまでに見聞した米国での教育再建のための努力の模様の一端をご紹介いたします。
前稿(教育の再建 その1)では、学校教育の荒廃を防ぎ、時代に合った教育に改革していくためには、学校や先生まかせにしていてはだめであり、父兄やコミュニティの理解と支援と直接参加が必要だということを述べました。米国の教育省がおこなった調査でも、父兄やコミュニティの参画の度合いが高い学校ほど生徒の成績も高く、校内暴力などの不祥事も少ないとの結果が出ています。
それでは米国ではどのような努力が展開されているのでしょうか。米国では1980年代後半から、教育の質の低下と校内暴力、とりわけ都市部の公立校の荒廃が高い社会的関心事となり、これに対しいろいろな努力が傾注されはじめました。初期の頃は、枯渇する教育予算の不足を補うための資金捻出バザーへの父兄の協力とか、年に1回くらいは教育現場に父兄が顔を出すといった程度の側面的協力が主流だったのです。しかし、このような側面的なやり方、すなわち教育内容自体は学校や先生に任せるという伝統的考えでは事態は一向に改善しないということがみんなの目にますます明らかになるにつれ、新たな動きが出てきました。それは教育への「父兄の直接参加」であり、これが今の主流となり成果をあげはじめているのです。
今、全米の教育界で話題になっている人物にケビン・ウォーカー(Kevin Walker)という人がいます。この人は38歳の気鋭の黒人で、1980年代には民主党の大統領選挙運動にも関係した人ですが、80年代末からは教育問題に転じ、地元セントルイスに教育再建に関心ある父兄のグループを発足させ成果をあげるとともに、その後、この体験を基礎に全米的非営利団体である「アップルシード(Appleseed、注:りんごを実らせるために木の種をまこうという意味)」に発展させ、今では全米で1700校、父兄数で三百万人もの支持を得るまでになっている人です。クリントン政権も注目し、ウォーカーはホワイトハウスに招かれ、その建策はその後の立法にも取り入れられています。雑誌「Teachers」は全米教育界の10人の重要人物の一人に彼を数えるにいたっています。
彼の考え方は、教育の再建は学校まかせではだめであり、学校の最大の利害関係者である父兄が、教育内容について発言するなどの直接的参画が無いとうまく行かないということです。政治家、ビジネスマン、コミュニティのリーダーなどの協力も大事だが、父兄の参画抜きでは失敗するとしています。
ウォーカーはまず、インターネットを通じて関心ある父兄に教育再建のための協力意志を「宣誓」してもらいました。その際、父兄の個人的特技なども自発的に登録してもらったのです。そして1学期に5時間は学校のために、特技や好みを生かして父兄が無料奉仕することを求めました。ペンキ塗りが得意の親は学校のペンキの塗り替えに奉仕するというやり方です。生徒と1対1でおこなう個人指導(テユートリアル)などで協力する父兄もいます。カリキュラムなど教育内容を審議する教育委員会にも父兄が直接出席して決定に参加するのです。「宣誓」の中には、親は毎日最低15分間は、宿題をこなす子供と付き合うこと、というのが含まれています。
教育の再建に父兄の協力を引き出すのは口で言うほど簡単ではなく、とりわけ教育委員会の審議に参加することなどには尻込みする父兄も多いといいます。1つの学校区で、父兄の参画が充実し成果につながってくるには平均3年はかかるとウォーカーは言っています。
ウォーカーの「アップルシード」の成功に刺激されて、全米では各地でこれに習って、父兄やコミュニティの教育再建への直接参加の試みがいろいろと展開されつつあります。週に一度は親は学校に放課後訪れ、先生や子供たちと食事を共にするといったやり方も支持を集めています。これらの努力は現在進行中で成果は見守らなければなりませんが、日本にとっても大変参考になるように思われませんか。ご関心の向きは、アップルシードのサイト(http://www.projectappleseed.org/)をぜひ訪れてみてください。